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Sunday, November 28, 2021

囲い込まれる「コモンズ」と、意志共鳴型社会へのステップ 「WIRED CONFERENCE 2021」経済思想家・斎藤幸平 × NECフェロー・江村克巳 - WIRED.jp

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「リジェネラティヴな未来」を思索するべく、計15時間の18に及ぶ多彩なセッションが35名の登壇者によって繰り広げられた「WIRED CONFERENCE 2021」。「NEW COMMONS」をテーマとするDAY2で開催されたのが、「成長と持続性の両立をめぐる、『コモニング』のステップ」というセッションだ。

登壇したのは、経済思想家で大阪市立大学大学院経済学研究科准教授の斎藤幸平と、NECフェローの江村克巳だ。日本を代表する企業で技術発展に長らく携わってきた江村とマルクス経済学の専門家である斎藤の対話により、新しい視座を模索することを目的とした本セッション。

デジタル空間の出現によって「コモンズのあり方」が多様化する一方で、コモンズとテクノロジーの共生関係を考えるうえで、斎藤が言うところの「最大のジレンマ」をいかにして乗り越えられるのか? コモンズに市民の意志を取り戻し、企業がよりよいかたちで組み込まれる「意志共鳴型社会」へのステップを探ったその内容をレポートする。

いまこそ「コモンズ」を再考するとき

NECが2017年に発足した、未来へのヴィジョンを提示する「NEC未来創造会議」。19年から『WIRED』日本版も伴走し、NECと国内外の有識者とともに「2050年」を照準として多角的な議論を重ねてきた。

「NEC未来創造会議」をリードしてきたNECフェローの江村克巳は、社会が形成してきた共有財(コモンズ)のありかたの変遷と、いま「コモンズ」がどのような拡がりをみせているか、その全体像をまず語った。

「情報社会になる前は、小さなコミュニティで人が密にやりとりをして物理的なコモンを共有地として運営していました。それがデジタル時代ではいくつものコモンに参加可能となり、そのコモンの規模もありかたも非常に多様なものとなってきています。そうしたなかで、『人と技術』を考える際に、地球の持続可能性と人が豊かに生きられる社会の両立が非常に重要なテーマとなってきました」

そうした背景もあり、いまさまざまな企業が「持続可能性」と「成長」の両立に真剣に向き合うようになってきているという。

「斎藤さんは著書のなかで『成長ではなく発展』とおっしゃいましたが、社会の豊かな発展と地球の持続可能性をふまえた『新しい時代のコモンズ』の議論が求められていますし、企業が変化するチャンスでもあると感じます」

江村克己|KATSUMI EMURA
NECフェロー。1982年光通信技術の研究者としてNECへ入社。製品企画部門での経験やNEC知財部門のトップを経て、2010年に中央研究所を担当する執行役員へ就任。取締役 執行役員常務兼NECの技術部門を統括するCTO(チーフテクノロジーオフィサー)を担い、2019年4月から取締役NECフェロー就任、同年6月からNECフェロー。1987-1988米国Bellcore客員研究員。工学博士(東大)。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。

こうした江村の指摘を受け、斎藤は「コモンズ」を取り巻く変化を次のように話す。

「これまで『共有地』と呼ばれるものは小さなスケールで排他的な存在でしたが、テクノロジーによっていくつものコモンズにアクセスできるようになり、コモンズを移動し、かつ離れた場所の人たちとも共通の財産を管理できるようになりました。規模も本当にさまざまで、無数の可能性が出てきています」

その変化を踏まえたうえで、いま「コモンズ再考」が求められている背景について、次のように言葉を続けた。

「社会のありとあらゆるものにお金がないとアクセスできなくなってしまい、多くの人たちの生活が不安定化しているのが現在の社会です。そんな状況において、みんなが必要とするものに対して誰もがアクセスできるような富やコモンズを管理する仕組みを整備し、行き過ぎた格差を是正しながら持続可能な社会をつくろうとする声は高まっています。市民だけでなく、企業や政治家の間でもそうした意識が高まっていることが、『コモンズ』が改めて注目されている背景のひとつにあると感じます」

斎藤幸平|KOHEI SAITO
経済思想家。大阪市立大学大学院経済学研究科 准教授。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。専門は経済思想、社会思想。著書『大洪水の前に』で権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。著書『人新世の「資本論」』は40万部を超えるベストセラーに。そのほか編著に『未来への大分岐』などがある。

デジタル空間における囲い込み

一方で、新たなコモンズとテクノロジーの共生関係を考えるうえで、斎藤は「サイバー空間上では、プラットフォーム企業が新たなコモンズを囲い込む動きも続いている」と強調し、そこには「最大のジレンマ」が存在すると付け加える。

「デジタル空間におけるプラットフォーマーと市民の関係が、なかば封建制のような様相を呈しているなかで、それをどう打開していくかはテクノロジーとコモンズを考えるうえでは重要なテーマになります。マルクスは『技術は真空のなかで使われるわけではない』と説きましたが、技術や情報は特定の社会のなかである目的のために使われますから、資本主義社会であればどうしても都合のよい方向に使われてしまうんです。そのせいで、テクノロジーのポテンシャルが十分に発揮されない。こうした動きが、現代社会の最大のジレンマではないでしょうか」

デジタルテクノロジーが重なる公共空間やコモンズの価値基準が、資本主義社会においては経済性に絡めとられてしまう現在の状況をふまえ、江村は『WIRED』創刊エグゼクティヴエディターであるケヴィン・ケリーの言葉を引用しながら、このように言及する。

「ケヴィン・ケリーが提唱する概念でわたしたちがよく引用しているのが『コンバージェンスとダイバージェンス』です。マズローの欲求5段階説を引き合いに、人間にもっとも必要とされる低次の欲求においては誰もが同じものを欲するようになる(コンバージェンス)。一方で、高次の欲求では求めるものがより多様になり逆の現象が起きる(ダイバージェンス)と彼はいいます」

そのなかの低次の欲求はGAFAMのようなテックジャイアントやプラットフォームがカバーしているものの「その上に載せる、わたしたちの多様な幸福のありかたを市民の手によってリアルな社会との組み合わせでどう実現するか」こそが、コモニングの重要なステップにつながると江村は考える。

企業と市民の新しい関係性が求められる

江村が強調したのは、情報の選択や合意形成の主体を市民のもとに取り戻し、市民の意志によって新たなコモンズが具現化していく「意志共鳴型の社会」だ。NECが未来創造会議で提唱してきた社会の未来像であり、江村はその実現にこそ技術は真価を発揮すると語る。

「『どういう社会/コミュニティをつくりたいか』をまず決めると、何を共有財産とするかの論点が立ち上がってきます。その合意形成のイニシアチヴは市民にあるべきで、単なる経済資源にとどまらない、多様な評価基準が埋め込まれたコモンの構造をつくりだす。これこそが、いまの時代の本質的なコモニングなのだと思います」

江村によれば、インターネットやSNSの「いいね!」は意志の共鳴ではないという。そこにはコンテクストが欠けており、発信者の意志と受け手の相互理解は生まれない。そうしたコミュニケーションを前提にした技術は、斎藤によれば「受け手の脳の使い方を一方的に規定する」技術であり、彼がいうところの「資本主義に都合のよい」技術にほかならない。

江村は現在のデジタル空間上のコミュニケーションのありかたについて、「いまのインターネットでは十分ではない」と表現し、自身が未来創造会議で提唱してきた「エクスペリエンスネット」のような、人の意志や体験・コンテクストが共鳴しあう技術が新たなコモンズの基盤となり、社会を前進させていくと考える。

「テクノロジーを開発する企業が意図する範囲で、市民がいつの間にか技術を『使わされてしまっている』という構造から抜け出さなければなりません。いまのデジタル空間は膨大な情報がプラットフォームから与えられるわけですが、自分で自由に選択できているかといえばそうではない。その選択の権利がユーザー/市民の側にシフトし、それぞれの意志とコンテクストが相互作用しながら何が共有財産なのかを議論できる『意志共鳴型の社会』。テクノロジーは、その実現に対して使われるべきではないかと思います」

そんな「意志共鳴型社会」では、企業からユーザーへの一方通行のコミュニケーションは成立しえない。

「企業は、主体となる市民やコモンの担い手の意志に対して、『わたしたちはこの技術・サービスを提供できます』と、一緒になってつくっていく。それにより地球の持続性、人の豊かさ、社会の発展がはじめて成り立つのだと思います」

また斎藤は、企業と市民のよりよい共有地の可能性を示唆し、セッションを締めくくる。

「わたしたちユーザー側も、企業に注文をつけていいと思うんですよ。企業や開発者の方々も、テクノロジーを活用し、よりよい社会をつくろうとしている。NEC未来創造会議が5年間も継続して行なわれ、このセッションが設けられていることからも、それはわかりますよね。対話を通じて、『GAFAMは耳を傾けてくれないけれどNECは聞いてくれる』といったように、企業もコモンのよきパートナーになれるのではないか。そう思っていますよ」

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