フォノEQの役割を知り、一歩踏み込んだステップアップを実践
どこまで行っても奥深いアナログ再生。この連載で井上先生にいろいろ教わりながら、ちょっとずつ自分なりに好みの機材を選んだり、気になるポイントを克服してきた。
「自室のシステム、なかなかいいぞ♪」と思っている今日この頃だが、私は知っている。知ってしまったのだ。アナログ再生は、ちょっと手を加えれば、音の印象がガラリと変わり、ステップアップできてしまう“沼”だということを……。
心の中でこんな声がする。「少し変えてみてもいいんじゃない?」。ああ、危ない。でも、楽しい。手を入れられるからこそ、やっぱりアナログは面白いのだ。今の私のシステムなら、どこかを変えれば敏感に捉えてくれるかもしれない。さて、どこを変えてみる? 私の視線がロックオンしたのは、ズバリ、フォノイコライザー(フォノEQ)だった。
本連載の記念すべき第1回のテーマ「MCカートリッジによる再生」で、フォノイコライザーの基本のキを教わった私だが、一応復習しておこう。レコードプレーヤーから送られる音の信号の出力は、CDなどのデジタル音源プレーヤーの出力に比較すると極めて小さい。よって、MMカートリッジなら1000倍、MCカートリッジなら1万倍くらいまで出力を増幅しなければならない。また周波数特性が加工されているので、元に戻す必要がある(後述)。そのために必要になるのが、アンプに送る一段手前にセッティングする、フォノイコライザーなのだ。
どんなフォノEQがあるの?その実例を聴き比べる
■MM/MCの切替ができるシンプルなフォノEQ audio-technica「AT-PEQ30」
現在はオーディオテクニカのフォノイコライザー「AT-PEQ30」を使っている。本機はMC/MM切り替えスイッチが付いた便利なフォノイコライザー。何の問題もないどころか、気に入っている。とにかく小型で軽量だし、私のコンパクトなシステムにとてもよくフィットする。 MMカートリッジでは力強いサウンドを聴かせてくれるし、MCカートリッジに取り替えると、音の繊細なニュアンスもしっかりと伝えてくれる。これからMCデビューしたいという人にもお薦めできる機種だ。
試聴室で、スピーカーとプリメインアンプと、このAT-PEQ30の組み合わせで、2023年に生誕150周年を迎えたラフマニノフが弾くショパンのレコードを再生してみた。
ラフマニノフは1943年まで生きたコンポーザー=ピアニストなので、自作自演のモノラル録音も残されているが、今回聴いたレコードは、自動演奏ピアノに、ピアノ・ロールという演奏の情報が記録された巻き紙をセットして再生されたものをステレオ録音した音盤だ。巨大な手をしたラフマニノフが、サラリと高速で弾きこなすショパンの『スケルツォ第2番』が、クリアなサウンドで鳴り響いた。フォノEQを選ぶために知っておきたい基本
さて、ここからフォノイコライザーを別のものに替えて聴き比べてみるわけだが、どんな選択の可能性がありうるのか。仕組みや特性のヴァリエーションなどについて、井上先生に教えてもらった。
まず、オーディオテクニカのAT-PEQ30は、なぜこんなにコンパクトなのかというと、そのポイントのひとつは「スイッチング電源」、いわゆる“デジタル電源”などとも呼ばれる仕組みにあるそうだ。これは小型家電のACアダプターなどにも使われ、半導体を用いて電圧をスピーディに調整している。スイッチング電源はリーズナブルなパーツで作ることも可能で、製品をコンパクトかつ低価格に抑えることもできる。だからといって品質が低いというわけではない。スイッチング電源の良さを生かした高級アンプなども国内外に存在している。
■昇圧トランス内蔵のリニア電源式EQ Phasemation「EA-350」
そんな小型軽量なスイッチング電源の機材に対するものとして、「リニア電源」という方式がある。“通常電源”などとも呼ばれ、基本的にはオーディオのアンプなどはたいていこの方式の回路を積んでいる。
コイルの巻数比で昇圧するので、トランス自体は電源を必要としない。その分、ノイズが発生しにくいなどの理由もあって“昇圧トランスファン”は少なくない。かつては音域のレンジがやや狭いのが弱点だったが、現在では進化してレンジも広くなった。昇圧トランスは外付けの製品が一般的なので、EA-350のようにトランス内蔵のフォノイコライザーは少ないそうだ。どっしりと重量があり、入力は3系統の大きくて立派な作りだ。
EA-350でラフマニノフのレコードを聴いてみた。先ほどよりもさらに一音一音の輪郭がくっきりとして、ダイナミクスの幅が出た。ピアノでも奥行きを感じられたので、オーケストラの演奏も聴いてみたくなる。カラヤン指揮ベルリン・フィルによる『シベリウス:交響曲第5番』第1楽章。やはり立体感に溢れて、管楽器のソロなどがくっきりと浮き立ち、メリハリのある演奏を楽しめた。
「やっぱりフォノイコの違いで、音の変化は楽しめる!」、それを確信できて嬉しくなってしまった。井上先生いわく、「音の入り口でもなく、出口でもない、プロセスの部分をいじる楽しさを知ってしまったら、もう抜け出せないね(笑)」。
■昇圧しMMへ入力する単体ヘッドアンプ FIDELIX「LIRICO」
プリメインアンプに「PHONO」入力端子が付いている場合、たいていはMM入力用のイコライザーが内蔵されている。そうしたアンプを愛用する人が、MCカートリッジを使いたいとなれば、外付けの「昇圧トランス」を間にかませるか、あるいは電子的に昇圧する「MCヘッドアンプ」を使うことでも、MC入力対応アンプと同じ役割を得ることができる。
なんと、意外なほどイキイキとした響きが得られた。音の伸びやかさ、楽器セクションごとの掛け合いが鮮やかで、キレの良さも素晴らしい。トライオードの内蔵フォノイコライザーが意外なほど健闘していることが分かった。なお、ヘッドアンプのLIRICOはノイズ対策として、内蔵する充電池を電源に使用する。この組み合わせ、実にいいじゃないか!
■ヘッドアンプ内蔵で多機能なEQ FIDELIX「LEGGIERO」
最後に、FIDELIXのMC/MMフォノイコライザー「LEGGIERO」を試聴した。こちらはヘッドアンプ内蔵のイコライザーで、独創的な回路構成を持つそうだ。シベリウスを再生したところ、これまた驚いた! とにかくオーケストラの楽器の音がいちいち綺麗なのである。レコード盤の傷によるノイズなども遠ざけてくれような、澄み切った響きで楽音のニュアンスに富む。これは感動だ。
LEGGIEROにはユニークな機能がついていて、高域、低域それぞれを5段階に変えられるロータリースイッチが付いていて、25種類のカーブで補正できる。私はモノラルレコードもよく聴くので、こうした機能があると、ちょっとマニアックな遊びができそうでワクワクしてしまう。
【編集部追記】「スイッチング電源」は、商用電源の交流を直流に整流し、スイッチングレギュレーターで機器に必要な値の電圧に変換する装置。小型・軽量・高効率が特徴で多様な方式や回路があり、作りに応じて得られる電源の精度や安定度、ノイズの影響度にも大きな幅がある。一方の「リニア電源」はトランス式電源とも呼ばれ、商用電源を直接トランスで変圧し、それを整流・平滑回路を通して必要な値の直流電圧を得る装置。シンプルな回路構成でノイズの影響も受けにくい一方、容量や精度を高めるほどに大きく・重くなることが多い。
本記事は『季刊・アナログ vol.80』からの転載です
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